従業員より自分の役員報酬が低い、という事実をどう受け止めているか

経営・起業

📢 この記事について:数字や制度の解説ではなく、20代経営者としての本音を書いた記事です。

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れん|20代経営者

20代で起業した株式会社代表(法人3期目)。会社と個人のお金で迷ったこと・失敗したことを発信しています。▶ 詳しいプロフィール

役員報酬を月8万円に設定していると、時々こういう場面にぶつかります。従業員に払う給与のほうが、自分の報酬より高い。数字だけを並べると、この会社でいちばん少ししか受け取っていないのは社長本人、ということになります。

これを初めて意識した時、正直、複雑な気持ちになりました。いちばんリスクを負っているのは自分なのに。眠れない夜も、資金繰りの不安も、全部自分が抱えているのに。受け取る額は社内で最低。理屈では自分で決めたことなのに、感情のほうが少し置いてけぼりになる瞬間がある。

ただ、この「もやっと」を掘り下げていくと、自分がお金を二つの意味で混同していたことに気づきました。ひとつは「生活のためのお金」。もうひとつは「立場や貢献の証としてのお金」。従業員の給与は前者で、彼らの生活を支えるためのものです。一方で僕が役員報酬に無意識に求めていたのは、後者だった。「これだけ背負っているんだから、それに見合った額を受け取るべきだ」という、承認欲求に近いものが混ざっていた。

でも、経営者が受け取る本当の対価は、月々の役員報酬じゃないんですよね。会社の価値そのものが、僕にとってのリターンです。今は報酬を抑えて会社に利益を残し、その利益が事業を育て、いずれ会社の価値になって返ってくる。従業員は毎月の給与でリターンを受け取り、僕は会社という器の成長でリターンを受け取る。受け取り方の時間軸が違うだけで、損をしているわけではない。そう整理できてから、数字の逆転が気にならなくなりました。

むしろ、従業員に自分より多く払えているという事実を、少し誇らしく思うようにもなりました。彼らは目先の生活が安定していなければ、安心して働けない。その安定を先に確保するのが、器を作った側の責任です。自分の取り分を後回しにできるのは、器のほうに賭けているからで、それは僕にしかできない選択でもある。

もちろん、これは「経営者は自己犠牲すべき」という美談にしたいわけではありません。役員報酬をずっと8万に据え置くのが正解だとも思っていません。会社に余力ができれば、当然自分の取り分も見直します。ただ、今この段階では、生活のためのお金と貢献の証を切り分けて考える。この切り分けができているかどうかで、同じ数字を見ても心の消耗がまったく違ってくる。

お金の話は、額の大小そのものより、その額に自分が何を期待しているかで苦しくもなるし、楽にもなります。従業員より低い報酬を、「割に合わない」と感じるのか、「今は器に賭けている」と捉えるのか。事実は同じでも、解釈で立っていられる。数字を変える前に、まず自分がその数字に何を託しているのかを見つめ直す。それが、社内でいちばん低い報酬でも背筋を伸ばしていられる理由です。

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れん|小さな会社の実務ラボ

小さな会社を経営しながら、会社のお金・経理・業務サービス・AI活用について実際に試しています。経営する中で「これは使えた」「ここで困った」「もっと早く知りたかった」と感じた実体験を中心に、「今日のネタ🍣」として発信しています。

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