取引先に頭を下げ続ける自分が、少し情けなかった話|「対等」の意味を考え直した

経営・起業

📢 この記事について:数字や制度の解説ではなく、20代経営者としての本音を書いた記事です。

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れん|20代経営者

20代で起業した株式会社代表(法人3期目)。会社と個人のお金で迷ったこと・失敗したことを発信しています。▶ 詳しいプロフィール

「社長」という肩書きを持つと、なんとなく人に頭を下げる側ではなく、下げられる側になるようなイメージがありました。独立する前は、そう思っていた気がします。でも現実は逆で、経営者になってからのほうが、頭を下げる回数は圧倒的に増えました。

取引先へのお願い、納期の相談、条件の交渉。立場が弱いほうが、当然こちらです。特に相手が大きな会社だと、力関係は明らかで、こちらが折れる場面が多い。会社を背負っている分、自分ひとりの感情でつっぱねるわけにもいかない。頭を下げて話がまとまるなら、下げる。そういう判断が続くと、ふとした瞬間に、なんだか自分が情けなく思えることがありました。社長なのに、こんなに人に譲ってばかりでいいのか、と。

この「情けなさ」の正体を考えてみると、僕は「対等」という言葉を、どこかで「対等な態度」と勘違いしていたんだと気づきました。頭を下げない、譲らない、強気で押す。それが対等だと思っていた。でも、本当の対等は態度の問題ではなくて、「相手に依存しすぎていない状態」のことなんですよね。頭を下げるかどうかは、ただの交渉のテクニック。問題は、その相手がいなくなったら会社が立ち行かなくなる、という状態のほうです。

つまり、頭を下げること自体は情けなくない。情けないのは、下げざるを得ない状況に自分を追い込んでいること。ひとつの取引先に売上を依存していれば、そこには頭を下げ続けるしかない。相手が理不尽でも、飲むしかなくなる。だから僕が本当に取り組むべきは、「頭を下げないで済む態度を身につける」ことではなく、「頭を下げても、いざとなれば別の道がある状態を作る」ことでした。

この整理ができてから、頭を下げること自体への抵抗が消えました。戦略として下げているのなら、それは弱さではない。譲るべき場面で譲れるのは、むしろ大人の判断です。問題なのは、下げたくないのに下げるしかない、選択肢のない状態。だったら、態度で虚勢を張るより、地道に取引先や収益の柱を分散させて、依存度を下げていくほうがずっと本質的です。

フランチャイズという形態で事業をやっていると、本部との関係でも似たことを感じます。力関係は明確にあって、こちらが従う場面は多い。それでも、その枠組みの中で自分がどれだけ余力を持てるか、どれだけ選択肢を確保できるかは、自分の努力次第で変えられる。関係の非対称そのものを嘆いても仕方がない。変えられるのは、その中での自分の依存度です。

頭を下げる回数は、たぶんこれからも減りません。でも、下げることを情けないとは思わなくなりました。情けないのは頭を下げることではなく、下げるしか道がない状態のほう。だから僕は、下げた頭を上げた後で、「次はもっと選択肢を持てるように」と静かに手を打つ。態度で強がるより、実力で対等に近づく。それが、頭を下げ続けても自分を保っていられる理由です。

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れん|小さな会社の実務ラボ

小さな会社を経営しながら、会社のお金・経理・業務サービス・AI活用について実際に試しています。経営する中で「これは使えた」「ここで困った」「もっと早く知りたかった」と感じた実体験を中心に、「今日のネタ🍣」として発信しています。

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